登米街道 

登米街道
|業務内容| 建築コンペ作品| 宮城県フィールドワーク| みちのく宮城県観光記| 宮城県の城下町| メール|          
  羽州街道(ホーム)>登米街道
 

登米街道
登米街道
登米街道概要: 登米街道は築館と登米を繋ぐ街道です。参勤交代で利用されることは無く、基本的は人々の往来や物資の輸送に使われました。このサイトでは宮城県内の登米街道沿いの集落の町並みや歴史的建築物などの由来等写真を交えて掲載しています。
 登米街道
築館宿(栗原市築館):築館宿 近世に入ると、奥州街道が整備され栗原市築館は秋田への小安街道や登米へと続く登米街道などが交差する交通の要地として宿場が開かれます。現在の郵便局の所が築舘本陣跡とされ多くの人や物資が運ばれた活気のある宿場町でした。明治維新後も交通の要所という面では変わらず大正12年(1923)には築館町と瀬峰、登米を繋ぐ仙北鉄道が開通し、昭和25年(1950) 築館線廃止、昭和43年(1968) 登米線廃止まで続けられました。
観光・旅行・見所 : 妙教寺・双林寺(杉薬師)・志波姫神社・白山神社・和我神社 など
登米街道
佐沼(登米市): 佐沼戦国末期、大崎一揆の激戦地なった佐沼城は近世に入ると伊達家重臣の津田景康を配します。津田家7代後の宝暦6年(1756)に改易となりその後は亘理倫篤が5千石出入り明治維新まで亘理氏が統治します。佐沼城は1国1城令の中、要害として認められ登米街道の中継点として多くの物資が集められると同時に城下町としても発展しました。現在は登米市の中心として開発された為、城下町としての町並みはあまり見られませんが旧亘理邸や佐沼要害跡などが残っています。
観光・旅行・見所 : 佐沼要害・旧亘理邸・津島神社・亘理家廟所・津田家廟所 など
登米街道
登米町(登米市): 登米町近世に入った慶長9年(1604)に伊達家一門の白石宗直が1万5千石(後新田開発などのにより後に2万1千石)で入城し、周辺を統治し、現在の登米町の原型となる町づくりを行います。登米町は一関街道(一関〜石巻)と登米街道(築館〜登米)が交差する交通の要所で北上川舟運の川港でもさった為、周辺の政治的、経済的な中心地として重要視され、仙台藩の中でも高禄な伊達一門を配しました。現在でも城下町の風情が残る町並みがあり武家屋敷や商家建築、洋風建築など点在する史跡が多い町です。
観光・旅行・見所 : 旧登米高等尋常小学校・旧登米警察署庁舎・旧水沢県庁庁舎 など
登米街道
一関街道
住宅設計


スポンサーサイト




スポンサーサイト

 
 
|大崎市:古川| 大崎市:岩出山| 大崎市:松山| 栗原市:築館| 栗原市:金成| 仙台市| 白石市| 角田市| 刈田郡七ヶ宿町| 柴田郡柴田町|
|村田町| 大河原町| 登米市| 登米町| 松島町| 丸森町| 気仙沼市| 岩沼市| 石巻市| 亘理町| 涌谷町| 多賀城市| 名取市| 宮城県:城郭|
|宮城県:近代洋風建築(洋館)| 宮城県:古民家建築| 宮城県:神社建築| 宮城県:寺院建築| 城下町| 宮城県:楼門建築| 宮城県観光| トップ|
 
 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「秋田県WEB観光案内所」は「秋田の歴史」、「羽州街道をゆく」、「秋田市歴史地図」、「あきた滝300」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」、「秋田のお寺」、「秋田の神社と神々」、「歴史道路報告書」、「佐竹氏と久保田城」、「秋田の温泉」、「有限会社建築相談センター」、「たった1人の秋田まちづくり委員会」、「秋田羽州街道ひとり旅」、「秋田県の建物と街並み」、「小野小町」、「秋田フィールドワーク」を参考にさせていただいています。



無料ブログ(blog) 無料ホームページ作成